予期せぬ出会い

「予期せぬ出会い」    第二アドヴェント礼拝 宣教要旨 2013年12月8日

         ルカによる福音書1章26〜38節  牧師 河野信一郎

 今回の聖書箇所は、神に遣わされた御使いがマリヤという女性に突然現れ、彼女が救い主を身ごもると告知する場面です。これは人類史上、前代未聞の出来事です。また一般社会のルールでは、重要な用件の時には必ず事前にアポイントメントをとって、決まった日時に会う訳ですが、御使いガブリエルはアポなしで突然マリヤのもとにやって来ました。

 人生には、予期せぬ出来事、出会いがあります。それらはいつも突然に起こります。出会いも、突然起こりうるのです。しかし、わたしたちにとって予期せぬことであっても、すべては神のご計画の中にあることであり、神の「善」とされることであり、そこには神の目的と理由が必ずあるのです。また、神との出会いは、いつも神の側から始まり、イニシァティヴは神がとられます。マリヤにとって、御使いからのみ告げはまったく予期も、想像も、期待もしていなかった出来事です。しかし神はマリヤを用いるために出会ってゆかれます。

 28節から38節までには、御使いとマリヤとのやり取りが記されていますが、御使いの口から出る言葉とその内容は、マリヤにはすべて理解不可能なことばかりでした。御使いが目の前に現れるだけでもマリヤにとって大きな驚きですが、その御使いが「恵まれた女よ、おめでとう」と宣言するのです。マリヤはひどく胸騒ぎがして、この挨拶は何のことだろうと思い巡らしますが見当がつきません。すると御使いがまた語り始めます。「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名付けなさい」と。

 しかし、マリヤは「わたしが妊娠して男の子を産むですって? わたしには結婚を約束した男性はいるけれど、まだ結婚していないから妊娠するはずもない。そんなことあり得ない」と思ったマリヤは「どうしてそのような事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫はありませんのに」と反論します。それに対して「聖霊があなたに臨み、神の力があなたをおおうので、あなたは聖なる神の子を宿すのです」と御使いは答えます。

 「神には何でもできないことはありません」と37節で御使いが宣言します。「マリヤよ、あなたが身ごもり、男の子を産むのは神の御業であり、そこには神のお考えと配慮と計画がある」と御使いは言うのです。人生には予期せぬことが起こります。しかし、すべての事柄、出来事、出会いには、神の不思議な配慮があり、神の目的とご計画、意味と導きがあります。

 予測可能な出来事などは事前に準備ができますが、前触れもなく突然起こることも多々あります。それらが歓迎できることならば何ら問題はありませんが、苦痛や悲しみを与えるものであれば拒絶したくなります。しかし、人生には避けては通れないことがあります。しかし、それらの苦痛や苦悩や悲しみから、罪と死の恐れからわたしたちを解放するために神は救い主・御子イエスをこの世にお遣わしくださったのです。受胎告知はアポもなく、突然の任命ではありましたが、救い主をわたしたちに与えるために神はマリヤという女性を豊かに用いられたのです。

 マリヤは、わたしたちの救い主を身ごもりました。それは「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように」と神に信頼して心を開き、御心を迎え入れたからです。未婚のまま身ごもることは大きな決断です。聖書には記されていませんが、懐妊後にも大変な苦労も多々あったでしょう。しかし、マリヤは神を信じました。神の約束の言葉を信じました。わたしたちも神を信じるように招かれています。神に不可能はありません。主イエスを信じる者に、神の恵みがあり、主が共にいてくださいます。苦労を恐れずに、ただ神を信じましょう。