主の民の生き方

「主の民の生き方」8月第三主日礼拝 宣教要旨 2014年8月17日   

ピリピ人への手紙1章27~28節(口語訳聖書p.309)  副牧師 石垣茂夫

ただ、あなたがたはキリストの福音にふさわしく生活しなさい。」ピリピ1:27(口語)

初めに「ただ」という言葉があります。この言葉を新共同訳聖書は「ひたすらに」と訳しています。「ただ」とは、「ひたすら・・・生活しなさい」という副詞的用法の言葉です。

従ってこの「ただ」は「キリストの福音にふさわしく生活する」という「この一つの事に心を定めなさい」と願う、パウロの強い意志を感じさせる言葉です。

この1行目の終わりに「生活しなさい」という言葉があります。一般的な「生活する」という言葉がある中で、この箇所の「生活する」という言葉は、このピリピ1:27の他に使徒行伝23章1節にのみ使われている特別な言葉です。それは「ポリスの市民として生活する」という特殊な言葉なのです。

ギリシャは、領地を効率よく支配する手段として、各拠点に都市国家「ポリス」を建設する政策を取ったことはよく知られています。次の支配者マケドニヤはこの政策を取り入れ、占領国にもポリスを作り、支配を確実にしていきました。そうして送り込まれた本国の人々は、「まるで本国に居るかのように、誇り高くポリスで生活して居たのです。そのようなポリスの人々の生き方を表わした言い方でした。キリストの時代の支配者ローマは、ピリピを退役軍人のポリスとして再構築しました。ピリピとはそうした町でした。

退役軍人たちは、何よりも本国を誇りに思い、言葉も生活様式も、すべての振る舞いを、まるで本国の都に居るようにして生活していたということです。

パウロは敢えてこの言葉を使い、「世の人々の只中で、天に国籍を持つ者として、誇りをもって生き抜いていくこと」を、植民都市ピリピの教会の人々に求めたのです。この、言葉の使い方は、ローマ人の退役軍人を見て暮らしているピリピのキリスト者にとって、実に分かりやすい表現であったことでしょう。

ローマ皇帝を神として拝む人々の中で、キリストの父なる神への信仰を鮮明にして生活することで、どのような迫害に晒されたのでしょうか。

わたしたち日本では、明治初期の最初の憲法で、既に「信教の自由」を与えられていました。そこには「どのような宗教を信仰することもゆるされる」とありました。

しかしそこにたった一言、「人々の平安な思いを妨害しない限り」という言葉がしっかりと書かれていました。「信教は自由」であるとしながら、その一言(ひとこと)にとによって、戦時下のキリスト教会だけでなく、あらゆる集会が「人々の心の平安を乱す」と決め付けられて禁止され、違反したとして、厳しく弾圧されていきました。1945年まで、日本は、そのような時代を過ごしました。今また、平和憲法に都合の良い解釈を加えるという手法で、憲法の根幹がゆがめられようとしています。言葉によって惑わされるという危機が身近にあります。真理を求め,真理を告白することこそ、わたしたちに託された務めです。今こそ、「キリストの福音にふさわしく生きる」、これを求められているのではないでしょうか。