初めの確信を最後まで

宣教要旨「初めの確信を最後まで」大久保教会石垣副牧師       2017/10/15
聖書:士師記8章22節~39節  招詞:ヘブライ人への手紙10章35節~39節 応答賛美252「喜べ 主を」

9月の教会学校は「士師記」から、ギデオンの生涯を丁寧に学び、改めて多くのことを教えられましたので、その中からお話させていただきます。
ギデオンは農夫でした。ミディアン人の襲撃と略奪を避けようと、その日ギデオンは、大きな酒舟の中で、隠れて麦を打っていました(6:11~)。隠れて作業していたことから、ギデオンは勇気がなく、性格は臆病だったと言われています。その様なギデオンに神は「勇者よ」と呼びかけ「士師」として立つことを命じたのです。
このとき神はギデオンに、「あなたは、あなたのその力を持っていくがよい」と言われました(6:14)。「あなたは臆病だ、勇気がない。でもそのままでいいのだ」と神は言われたのです。神は、今のギデオンが、そのままで「士師」として立つようにと促したのです。大変慰めに満ちた言葉ではないでしょうか。自信が持てないギデオンは、繰り返して神の「しるし」、神の保障を求めます。すると、神もこれに答えて「しるし」を表わして応えていかれました。
ここに、ギデオンが確信を持つようにと、丁寧に接して行かれる神の姿があります。繰り返してギデオンに言葉を投げかけておられます。

わたしは今回、一つの言葉を思い出しました。それは「信仰者とは、神からの語りかけを聞く者」という言葉です。ギデオンのように、わたしたちお互いは、一人ひとりが「神からの語りかけを聞く者」、そのような者としての経験をさせられて、今ここに導かれています。みなさんは、それぞれが、異なる語りかけを神さまから聞いて来られたと思います。それが「信仰の、初めの出来事」であり、やがて「初めの確信」になったと思います。ぜひそのことを大事にしていただきたいと思います。ギデオンのために、繰り返して言葉を投げかけ、導いていかれた神は、今わたしたちを導いておられます。
神の保証をもらい、その確信に立って勇気を得たギデオンの働きは目覚ましいものがありました。たった300人で、十万とも、二十万とも思える、数えきれないほどの略奪者たちを追い払ったのでした。この戦いによってギデオンはイスラエルの英雄となりました。ギデオンには、この戦いは自分の力でないということがよく分かっていました。
ところが、周囲の人々がそのままにしておくわけがありません。「あなたこそ、わたしたちを救ってくれたお方です。どうぞわたしたちの王さまになってください。あなただけではなく、あなたのこどもも孫も、いつまでもわたしたちの王でいてください。」と言いました(8:22)。
このときギデオンは、はっきりと言いました。「わたしはあなたたちの王さまにはなりません。わたしのこどももあなたたちの王さまにはなりません。主なる神さまだけが、あなたたちを治めるのです」(8:23)。このように言い切ったギデオンでしたが、たちまち誘惑が襲ってきました。24節以下にそのことが書かれています。
ギデオンは一気に、まるで洪水に押し流されるように、自分の名誉が大切だと思い始めたのです。ギデオンは一つのことを人々に願いました。「敵からの分捕り品を渡しに差し出してほしい。」。人々はギデオンの言うことなので、喜んで金をはじめ高価な品々を差し出した。ギデオンはこれを使って祭司の衣服「エフォド」を作りました。あまりにも金の量が多く、「エフォド」はそのまま立ち、まるで神の偶像のようであったと言われています。姦淫にふけるとは、偶像を拝むことを言っています。ギデオンが作った「エフォド」は人々にとって「有り難いもの」「神のようなもの」となりました。
8章に書かれているように、ギデオンの時代、40年は平穏でした(8:28)。しかしその平穏の中に、静かに、神さまに背く日常が広がっていました(29~32)。
ギデオンは多くの妻を持ち、子どもは70人を数えたとあります。ギデオンは自分が王となることを拒みましたが、子どもの一人に、「アビメレク」その意味は「わが父は王」と言う名を付けたのです(8:31)。「わたしはあなたたちの王さまにはなりません」と言ったギデオンは、いつの間にか子どもの名前で、自分が王であることを表わしていました。ギデオンが亡くなった後、人びとは再び他の神々を拝み「主を心に留めなくなった。」(8:33~35)のです。

はじめのギデオンはどこに行ってしまったのでしょうか。不思議なように、24節以下からは、神の語りかけは途絶えています。聖書は、「ギデオンは・・・」、「ギデオンは・・・」と書かれています。「わたしはあなたたちを治めない。息子もあなたたちを治めない。主があなたたちを治められる。」とまで言ったギデオンの信仰は、そのように変わってしまいました。
ギデオンは幸いに「神からの語りかけを聞く者」でしたが、いつしか、ひざまづくことのない者、礼拝することを怠る者に成っていたと思われます。わたしたちにもそうした誘惑は迫っています。どのようにしてそうした誘惑から逃れることができるのでしょうか。
招詞にヘブライ人への手紙の御言葉を選ばせていただきました。
この手紙には「確信」という言葉が多く使われています。言葉としては「本質」であったり「信仰」であったり「喜ばしいこと」「大切な事」と置き換えられていることがあります。「大切な事」とは何でしょうか。それは主イエスの十字架の出来事にほかなりません。神がご自分の独り子の命をわたしたちに与え、そこまでしてわたしたちを救ってくださった、その恵みの出来事です。
この手紙は、迫害に晒(さら)され、疲れ切っていたローマの教会にいるクリスチャンたちに宛てた手紙と言われています。信仰を失い、くじけそうになっているときに、「ひるむな!」と、教会に集う人々に語り、人びとの信仰を支えた言葉です。
10:39 しかし、わたしたちは、ひるんで滅びる者ではなく、信仰によって命を確保する者です。
その様に断言して歩んで行かれた信仰の先達に倣って歩みましょう。ギデオンの最初の勇気を、この朝いただいて出発しましょう。