ヨハネ(18) ベトザタの池で病人をいやすイエス

2026.1.28  ヨハネによる福音書5章1節〜18節

ヨハネによる福音書5章に入りますが、舞台はイエス様が第二のしるしをなされたガリラヤから再度エルサレムに戻ります。そこで病人をいやすことが最初に記されています。マタイ、マルコ、ルカ福音書では、イエス様のエルサレム訪問は十字架の死を迎えられる時の一回のみですが、ヨハネ福音書はイエス様のエルサレム訪問は三回あったと記します。

 

1節、「その後、ユダヤ人の祭りがあったので、イエスはエルサレムに上られた。」とありますが、ヨハネ福音書の神学者たちであっても、その祭りがユダヤ教の何の祭りであったか特定できないそうです。ですから、わたしたちも深読みしないようにします。

 

2節と3節に、「エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。」とあります。「ベトザタ」とは、松本俊之牧師著書(p116)によると、それは「恵みの家」という意味だそうです。しかし、恵みの家どころか、病人、盲人、身体障害者であふれかえる場所でした。

 

「五つの回廊」とありますが、これはモーセ五書を象徴し、律法の回廊と考えられています。新約聖書註解一(p426)によると、「律法によって、即ちユダヤ教の言い伝えにおいて考えられていたいやし、救いが与えられなかった人」たちが大勢そこに横たわっていて、ユダヤ教においては希望のない人たちが集まっていた。しかし、ユダヤの言い伝えで、「主の使いがときどき池に降りて来て、水が動くことがあり、水が動いた時に真っ先に水に入る者は、どんな病気にかかっていても、いやされる」という迷信があり、その迷信を信じるほどにいやしと解放、救いと自由を望んでいた人たちが大勢いたとあるのです。

 

5節、「さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。」とあります。38年間もずっと重い病気で苦しんでいた。永遠に思えるような苦しみの時間であったと想像します。しかし、そのような人をイエス様がご覧になられるのです。イエス様が五つの回廊に何故行かれたのかと問うのは愚問です。イエス様は、この38年間も重い病に苦しんでいた人を救うためにそこに赴かれたと捉えるべきです。

 

そのイエス様が、6節、「その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、『良くなりたいか』と言われた。」とありますが、このイエス様の問いは非常識な質問に聞こえますが、そのような愚問ではありません。イエス様はこの人に確認されたかったのです。何を? 本気でいやされたいのかということです。何故かというと、この人は「良くなりたいか」というイエス様からの問いかけに対して、7節、「病人は答えた。『主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。』」と答えます。

 

いやされたいという気持ちはあっても、その術がない、1)わたしを池の中に入れてくれる人がいない、2)自分より体の動く他の人たちが先に降りて行ってしまうと答えます。即ち、1)孤独であったこと、隣人への絶望(他者へ責任転嫁)があったことと2)救いへの絶望が彼の言葉に表れています。松本師は、「彼のために同情してくれる人がいないだけではなく、最も励まし合い、慰め合いが必要な社会においてすら競争原理が支配していたのです。」(p117)と解説しています。

 

そういう中で、いやしと救いを求めているというよりも、すでに家族にも、世の中からも見捨てられ、孤独感にさいなまれ、この世のすべてに諦め・絶望をし、他に行く場所、身を寄せる場所がないから、そこにずっと横たわっているという状況です。当時に福祉制度があったか定かではありませんが、最低限の食物の配給があったのかもしれません。

 

イエス様がその人に「良くなりたいか」と問われたのは、心の底から良くなりたいか、本当に救われたいか、本気で生きたいかというストレートな問いであり、「生きる」という「人間の本来の位置に引き戻す力を持っている」(註解一p427)問いかけであるわけです。言い訳をし続けるのはやめて、生きることを望みなさいという主イエス様の言葉です。

 

しかし、イエス様の確認の問いかけに対して、「生きたい、いやされたい、清くなりたい!」というはっきりとした答えがこの病人からありません。あまりにも唐突な質問で、頭と心にある自分の思い・考えを整理する力が一時停止してしまったのかもしれません。諦めるということ、諦めてしまう力は頭と心を鈍化させてしまうのでしょう。

 

この人の明確な返答がない中、8節、「イエスは言われた。『起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。』」とあります。ここにイエス様から3つの励まし、救いへの招きがあります。1)起き上がりなさい:イエス様を信じなさいという招き、2)床を担ぐ:信仰を担ぐ・持って歩みなさいという招き、3)歩きなさい:イエス様に従って、イエス様と共に生きなさいという招きです。この「起きる」というギリシャ語は、「目を覚ます」、「死から復活する」という意味があるそうです。

 

続く9節に「すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。その日は安息日であった。」とあります。この8節と9節には二つの大きなテーマがあります。1)イエス・キリストの言葉の力・権威、2)安息日にいやしが行われた。この二つのテーマが続く5章の中で、テーマは前後しますが、重要なテーマとなってゆきます。

 

註解書一(p428)からの引用です。「イエスが病気をいやされたことに関しても、致命的な病気であればいやすことは律法においても認められているが、いついやしても差し支えないような、つまり生死に直接関係のないような病気は安息日にいやすことが禁止されていたので、明らかにこの場合律法の規定に反していたと考えられる。」とありました。

 

けれども10節を読みますと、イエス様の安息日規定違反よりも、いやされた人が「床を担いで歩きだした」ことが規定違反と見なされています。「そこで、ユダヤ人たちは病気をいやしていただいた人に言った。『今日は安息日だ。だから床を担ぐことは、律法で許されていない。』」とあります。けれども、いやされた本人は反論します。11節、「しかし、その人は、『わたしをいやしてくださった方が、「床を担いで歩きなさい」と言われたのです』と答えた。」のです。

 

12節と13節、「彼らは、『お前に「床を担いで歩きなさい」と言ったのはだれだ』と尋ねた。しかし、病気をいやしていただいた人は、それがだれであるか知らなかった。イエスは、群衆がそこにいる間に、立ち去られたからである。」とあります。ユダヤ人たちは安息日規定を破っても良いと言った張本人を探そうとしますが、救われた人は誰が自分を救ってくださったのか知らなかった。実に面白い話です。

 

この人は、自分がいやされこと、救われたことを喜び、有頂天になっていたため、いやしてくださったイエス様にお名前を聞くのを忘れてしまったのかもしれませんが、イエス様ご自身は安息日規定違反の議論が勃発することを避けるために、その場を離れたのかもしれません。けれども、この箇所で重要なのは、イエス様が希望のない人を救い、生きる力を与えられたということ、イエス様の言葉には神様から託された権威があるということを知らせることでした。わたしたちがイエス様を信じ、この方に希望を抱くことです。

 

いやされた人が自分を救ってくれた人を知らずにいることは、その人が主の恵みに応答することができずに生きることになりますから、14節、「その後、イエスは、神殿の境内でこの人に出会って言われた。『あなたは良くなったのだ。もう、罪を犯してはいけない。さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない。』」と言われます。ここにイエス様の不可解な言葉が二つ記されています。一つは「もう罪を犯してはいけない」という言葉、もう一つは「さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない」という言葉です。

 

「もう罪を犯してはいけない」というのは、この人が罪を犯したから38年も病気で苦しんだという因果応報と関係しているのではなく、38年の病の中で、健康な人を妬んだり、誰かに責任転嫁をしたり、自分の運命を呪ったり、神様を恨んだりしたことが確かにあったことでしょう。しかし、今は神様の憐れみによっていやされ、救われている。過去のことを今更どうこう言うのではなく、イエス様を信じて歩みなさいという励ましです。「さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない」というのは、「イエス様を拒めば神様の裁きを招くという意味の警告だ」と註解書一(p429)にありました。納得です。

 

さて、ここまでは良いのですが、続く15節に、「この人は立ち去って、自分をいやしたのはイエスだと、ユダヤ人たちに知らせた。」とあります。これは、いやされた人が救われたことを喜んだあまりイエスという人が救ってくださった言ったことがユダヤ人全体に知られるようになったのか、それともイエス様を裏切った行為と受け止めるべきかどうか、判断するのに悩ましい箇所です。何故ならば、16節前半に「そのために、ユダヤ人たちはイエスを迫害し始めた。」とあるからです。この人が通報したために迫害が始まってしまった。それは喜びからか、悪意からか分かりませんが、もし悪意からであれば、イエス様の警告を無視して罪を犯すことであり、警告どおり神の裁きに遭うことになります。

 

しかし、イエス様はすべてを肯定的に受けとめられます。16節後半に、「イエスが、安息日にこのようなことをしておられたからである。」という事実が記されていますが、イエス様はただ純粋に、忠実に神様の御心を行っていただけなのです。17節には「イエスはお答えになった」とありますが、イエス様はこの言葉を誰にお答えになったのでしょうか。ユダヤ人のすべての人に対してです。続いて、「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」という言葉が続きます。

 

このイエス様の言葉に、ユダヤ人たちのイエス様に対する「否定的な思い」が「敵意」となり、続く18節前半では「このために、ユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとねらうようになった。」と「殺意」へと発展してゆきます。何故そのように発展していったのか。それは18節後半にありますように、「イエスが安息日を破るだけでなく、神を御自分の父と呼んで、御自身を神と等しい者とされたからである。」ということが原因となっています。

 

マタイ、マルコ、ルカの福音書ではイエス様の受難は公生涯の後半に記されていますが、ヨハネ福音書では公生涯の初期の5章からイエス様の受難がすでに始まっていたことが記されています。わたしたちを救うために、イエス様は十字架への道を歩んでくださるのです。イエス様を救い主と信じ、イエス様の言葉に聞き従い、イエス様と共に歩む者とされていることを喜び、感謝したいと思います。

 

19節以降にイエス様と神様の関係性、キリスト論が論じられるわけですが、イエス様には確固たる確信があります。「この世のすべての人を救うため、父なる神様がご自分をこの世にお遣わしになり、救う権威を授けてくださった」のです。

 

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補足:新共同訳聖書では、3b-4† 「彼らは、水が動くのを待っていた。それは、主の使いがときどき池に降りて来て、水が動くことがあり、水が動いたとき、真っ先に水に入る者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。」が記載されていません。重要視されている写本にはこの部分は記されておらず、後の写本に追記されたと考えられているからです。

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