ルカ(8) イエス・キリストの誕生

ルカによる福音書 2章1〜7節

さて、今日は、先週いただいた宿題についてお話ししたいと思います。前回は、1章67節から80節にあるバプテスマのヨハネの父であるザカリアの賛美・預言の箇所に聞き、その箇所の鍵となる言葉は、68節と78節に記されている「訪れ」という言葉であるとお話ししました。すなわち、新共同訳聖書の68節には「主はその民を『訪れて』解放し」という言葉があり、78節には「高い所からあけぼのの光が我らを『訪れ』」という言葉があり、この言葉から、救い主が神様の憐れみによってこの地上に訪れるということが賛美されているとお話しさせていただきましたが、ある聖書にはそのような「訪れる」という言葉は見当たらないというご指摘があり、宿題で調べることになっていました。

 

ギリシャ語聖書を開きますと、68節には確かに「エペスケファト」という「(主なる神は)訪れた」という過去形の言葉があります。そして78節にも「エピスケフェタイ」、「(神の憐れみは)訪れる」という未来形になった言葉があるのですが、あるギリシャ語の写本にはこの言葉があって、他の写本にはないということを表す鉤括弧が付けられていました。日本には大まかに口語訳、新共同訳、新改訳聖書とありますが、ギリシャ語写本から日本語に翻訳した聖書と英語聖書から日本語に翻訳した聖書があり、この「エピスケフェタイ」という言葉が記されている写本を用いた翻訳チームと、その言葉が記されていない写本を用いた翻訳チームで翻訳が変わっているということです。新共同訳聖書を訳したチームはこの「エピスケフェタイ」という言葉の入った写本を用いて聖書を訳したということです。これは数多くある英語の聖書でも、韓国語の聖書でも同じことが言えるようです。しかし、わたしたちにとって大切なのは、神様の愛と憐れみの表れである救い主はあけぼの光がこの地上に神様から派遣されたという真実を信じ、感謝し、喜ぶことです。福音書は、わたしたちが喜び、感謝し、平安と希望をいただくために与えられています。

 

さて今日は、イエス・キリストの誕生の次第に聞きますが、この6月の梅雨の時期にクリスマスキャロルを賛美するのは、どのような気分であったでしょうか。あまりしっくりこないと感じる方もおられれば、とっても新鮮と感じる方もおられると思います。もし、あまりしっくりこないという感覚があるのならば、その感覚はわたしたちの持つ「クリスマスは冬!」という「固定観念・固着観念」から来ているものであるかも知れません。ですので、この梅雨の時期にイエス様のお誕生の記事をご一緒に読めるのは、もしかしたら、わたしたちがもっている固定観念を捨てて、真っ新な心でみ言葉に向き合いなさいということなのかも知れません。まっさらな心で、ご一緒に読み進めてまいりましょう。

 

まず2章1節と2節に、「1そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。 2これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。」とあり、皇帝アウグストゥスと総督キリニウスという二人の人物の名が紹介されています。その当時世界を治めていた権力者、支配者たちの名前です。皇帝アウグストゥスに関していえば、彼は当時世界を支配していたローマ帝国の絶対的権威者。「全世界の救い主」と称され、人々からは「アウグストゥスの平和」とも言われていた権力者です。「帝国」と聞いて、皆さんは何を連想されるでしょうか。私は「実に大勢の人の命が犠牲になっただろうなぁ」ということを連想するのです。今のウクライナへのロシアの侵攻、戦争も同じです。たくさんの殺戮と強奪があり、たくさんの命が奪われ、たくさんの血と涙が大地を覆ったのではないかと思うのです。日本も、韓国も、アメリカでも同様。たくさんの悲しみ、痛み、苦しみ、憎しみがそれぞれの帝国時代にあるはず。

 

この福音書を記したルカという人物は、そのような大きな力を持つローマ帝国の治世に、政治的枠組みの中に、たくさんの悲しみ、痛み、苦しみ、憎しみがある帝国の時代に、救い主が誕生したと記します。そのような世界最大級の帝国の舞台に神の子が生まれて立たれたということを示すため、すなわちイエス・キリストこそが、この世界の救いのために、平和のために生まれたメシア、イエス様こそ真の平和の救い主であるということを全世界へ示すためであったと考えられます。

 

「皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出て、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である」という勅令は、詩編87編6節の成就ではないかと捉える神学者たちが書いた注解書を読んで驚きました。詩編87編6節には、旧約聖書924ページの下の段の真ん中、「主は諸国の民を数え、書き記される この都で生まれた者、と。」とあります。

 

このように解釈する神学者たちの理解はこうです。すなわち、旧約の時代に神様が約束された「救い主はユダヤ地方のエルサレムの近くにある町、ダビデの町ベツレヘムで生まれる」という約束を成就させるために、時の権力者たちを用いてヨセフとマリアをナザレに招かれたと考えるのです。神様のなさることに意味のないことはありません。すべては神様のご意志とご計画の中で進められます。ですので、ローマの皇帝を用いてローマの支配下にあるユダヤ人たちの人口調査をさせて、ガリラヤのナザレという町からヨセフとマリアを導かれたと捉えることは大切であると思います。

 

3節から4節には、「人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。」とあります。ユダヤ人などをローマの支配下に置き、徴税したり、徴兵するために住民登録をさせるというのは、更なる締め付けのもとに人々を置き、苦しめるということです。しかし、そのような苦しみから救い出し、真の平和を与えるために救い主が神様から派遣された。その救い主のお誕生の次第がここに記されていることは素晴らしい恵みであると感じます。

 

さて、5節に「身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するため」とあります。いいなずけを「妻」と訳す聖書訳もあり、そのような捉え方がユダヤ社会の中でありましたので、ヨセフはマリアを一緒に連れて行ったとも捉えることもできますが、住民登録は男性だけでもできた作業ですし、身ごもっているマリアを長旅に連れ出すのはどうかとも考えられます。しかし、ヨセフはマリアをナザレに置いておけなかったのだと考えられます。すなわち、マリアだけをナザレに置いておくのは危険だとヨセフは感じてのかも知れません。一緒に暮らす前にマリアが妊娠したことを知って小さな町で良からぬ噂や悲しいことをされる危険もありましたので、彼女と彼女が宿している神の子を守るために一緒に旅に出たのかも知れません。そのように神様がヨセフを励ましたのかも知れません。

 

マリアにとっては、二度目のエルサレム方面への旅になります。最初はエリサベトの所へ行って祝福するために旅をしました。まだお腹も大きくなる前です。しかし、ヨセフとエルサレム地方へ上る時、旅は思いの外たいへんであったでしょう。しかし、彼女には大きな支えになってくれるヨセフがそばにいたことは大きな励ましになったと思います。

 

さて、人は人生を歩む中で三つの坂を歩むと言われています。一つは上り坂、もう一つは下り坂です。上り坂は人生好調の時、成長や収穫の時です。下り坂は人生最悪と思える悲しみや痛みを経験する時、大切なものを手放さなければならない時です。もう一つの坂、それは「まさか」という坂です。人生順調に行っている時に「まさか」があって、計画を劇的に変えざるを得ないことがあります。その反対に最悪と感じている時に「まさか」があって、状況が改善するということも、わたしたちは人生の中で経験します。

 

ヨセフとマリアのナザレからベツレヘムの旅にどのような「坂」があったか分かりませんが、ベツレヘムで「まさか」の事態が待ち受けていました。6節と7節です。「ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、7初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」とあります。マリアが旅の途中で出産をすることは想定内であったと思います。それも覚悟でヨセフはマリアをナザレから連れ出したと思います。2000年前の出産、しかも「初めての子を産む初産です、命の危険を伴う出産を想定しないことは無謀の極みです。

 

ヨセフとマリアの「まさか」は、「宿屋には彼らの泊まる場所がなかった」ということ、そしてそのために洞窟とも馬小屋とも言われる場所で出産し、布にくるんだ乳飲み子を寝かせる場所が「飼い葉桶」しかなかったということです。ここで最低でも二つのことに心を留めることができると思います。一つは、「宿屋には彼らの泊まる場所がなかった」のはなぜかという事。もう一つは「飼い葉桶に救い主が置かれた」という事です。

 

まずなぜ「宿屋には彼らの泊まる場所がなかった」のかという事です。小さな町ベツレヘムに住民登録のために訪れていた旅行客で宿屋が溢れていたとも考えられます。宿屋は、客室で出産があるといろいろな意味で面倒であったのかも知れません。しかし、この「宿屋には彼らの泊まる場所がなかった」というのは、人々の心の状態を表していたと考えられます。つまり、自分たちのことだけで忙しく、救い主を心にお迎えする準備も余裕もなかったということを暗示しているとも考えられます。わたしたちの心にイエス様をお迎えする準備があるか、イエス様をお迎えするか、しないか、色々と都合がある。

 

「子どもを寝かせるために飼い葉桶を代用するなんて、なんて素敵な対応力」と感じる人もいれば、「かわいそうに」と感じる人もいるかも知れません。しかし、救い主を「飼い葉桶に置いた」ということも神様のご計画の中にあったことなのかも知れないということを聖書から知ることができるかも知れません。旧約聖書のイザヤ書1章3節(p.1061)に、「牛は飼い主を知り、ろばは主人の飼い葉桶を知っている。しかし、イスラエルは知らず、わたしの民は見分けない」という言葉あります。やはりイエス様が馬小屋・洞窟で生まれ、飼い葉桶にイエス様が置かれたのには平和の君として生まれた救い主をお迎えする準備が人々にはできていなかった、気持ちに余裕がなかったということを表しているのだと考えられます。このことを、皆さんはどのように受け止められるでしょうか。