神の御心に従って生きる唯一の道

「神の御心に従って生きる唯一の道」 新年礼拝 宣教 2026年1月4日

 コロサイの信徒への手紙 1章9〜14節     牧師 河野信一郎

 

新年、明けましておめでとうございます。2026年の最初の日曜日を主の日として共に過ごし、賛美と礼拝をおささげできる幸いを恵みの主に感謝いたします。ここ最近、寒さがとても厳しくなってきました。風邪などひかぬよう、くれぐれもお大事にお過ごしください。皆さんの日々の生活が神様によって守られ、恵みで豊かにされますようにお祈りいたします。

 

新年礼拝で何を語ることが神様の御心であるか祈り求めましたが、元旦礼拝の中で分かち合わせていただきました「主なる神様に信頼しつつ歩む」という流れの中で、「御心・御旨」という言葉をキーワードに主の導きを聖書に求めました。最初に示されたのは、詩編40編9節の「わたしの神よ、御旨を行うことをわたしは望み、あなたの教えを胸に刻みます。」という言葉でしたが、2年前の秋に、ここからメッセージしていましたのでやめました。

 

次に今朝の礼拝への招きの言葉として読みました詩編143編8節と10節に導かれました。「朝にはどうか、聞かせてください、あなたの慈しみについて。あなたにわたしは依り頼みます。行くべき道を教えてください。」、「御旨を行うすべを教えてください。あなたはわたしの神。」とあります。しかし、過去のデータを調べてみましたら、なんとこの箇所も4年前にメッセージしていましたので、子どもメッセージとして今朝お話ししました。わたしたちは、心を開かなければ、神様の祝福を心に受けることはできません。自分の思いを優先させては、神様からの祝福を十分受けられません。自分が進むべき道も分からないまま生きることになるのです。しかし、そのようなわたしたちを愛してくださる神様は、道を備えてくださいます。進むべき道を明確に示してくださるのがイエス・キリストなのです。

 

だいぶ悩んだ末に示されましたのは、コロサイの信徒への手紙1章9節10節でした。しかし、「あれっ、なんか親しみのある箇所だなぁ」と思って調べてみますと、これまた7年前の2019年度の年間聖句でした。大久保教会の牧師を27年もさせていただきますと、礼拝と祈祷会を合わせて約3000回話していますので、こういうことが最近よく起こるのです。ただ、自分の身と心を神様の御前に置く時に、わたしたちは新たな心で神様からの語りかけを聴くことができます。新しい年を歩み出す時、新しい心で神様からの御言葉に聴くことを信仰をもって選び取ってゆくことによって、御心に適った道を歩むことになり、御旨を行う者とされてゆきます。そして、御心に適った者としての成長が日々与えられてゆくのです。

 

さて、コロサイの信徒へ書き送った手紙は、使徒パウロの挨拶から始まります。1節と2節を読みたいと思います。「神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロと兄弟テモテから、コロサイにいる聖なる者たち、キリストに結ばれている忠実な兄弟姉妹たちへ。わたしたちの父である神からの恵みと平和が、あなたがたにあるように。」とありますが、ここに「神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされた」とあります。「神様の御心によって」、とっても大切な言葉です。わたしたちがイエス様を信じて従う者とされたのは、神様の御心である、神様がそう願われたからということです。

 

しかし、最初、わたしたちは神様に背を向けて、神様から遠く離れて罪に生きる者たちでした。神様の存在も知らずに、自分の力だけを信じで闇の中を歩む者でした。しかし、神様の愛と御心によって、イエス様の十字架の血潮によって罪赦され、聖なる者とされ、キリストに結ばれて光の中を生きる者とされました。それは、ただ神様の愛、憐れみによるものです。この恵みにどのように応えて生きることが神様の御心であるのか。それは神様に対して「忠実」に生きること、それしか道はありません。それでは、どのようにしたら、わたしたちはそのように神様に忠実に生きられるのでしょうか。どのような術があるのでしょうか。

 

それは、イエス・キリストを救い主と本気で信じ、イエス様に結ばれて生きるしか道はありません。イエス様につなげられて生きると神様から愛が絶え間なく与えられ、心に平安が与えられ、日々新しくされ、その喜びと感動が主に忠実に生きる力となって、それが隣人との関係においても誠実に生きる力となり、人間関係においても平和が与えられます。わたしたち一人ひとりに必要なのは、神様の愛と御心によって救われている恵みを喜び、感謝すること、その恵みにどのように応答してゆこうかと心を日々ワクワクさせることなのです。

 

使徒パウロは、救い主イエス・キリストを通して神様から受けた恵みを3節から8節で感謝した後、9節、「こういうわけで」と言って、わたしたちが具体的にどのように生きるべきかを愛と祈りをもって教えてくれます。まず、「どうか、“霊”によるあらゆる知恵と理解によって、神の御心を十分悟りなさい」と励まします。

 

神様の御心を十分知るためには、神様の「霊」、聖霊が必要とパウロは言います。聖霊によって知恵と理解力が与えられ、神様の御心を知ることができると言います。わたしたち人間の知恵や理解力では不可能で、聖霊によって、聖霊に満たされる必要があるというのです。それでは、どのようにしたら聖霊を受けることができるのでしょうか。唯一の道は、イエス・キリストを救い主と信じることです。イエス様を信じることによって聖霊がわたしたちの心に宿ってくださり、いつも共にいて御心を悟る力を与えてくださるのです。

 

次に、10節で、「すべての点で主に喜ばれるように主に従って歩み、あらゆる善い業を行って実を結び、神をますます深く知るように。」とあります。御心を行い、神様に喜ばれるように生きる唯一の方法は、イエス様に従って歩むということです。イエス様の言葉に聞き従うとも言えますが、イエス様が生きられたように生きる、そんなこと絶対無理と思わないで、イエス様だけを信じて、ありとあらゆる業をイエス様にささげるように行ってゆこうと祈り求める中で、聖霊が働いて、善い業を行い、神様に喜ばれる実を結ぶことができるように聖霊が導いてくださいます。神様をますます深く知る方法、それはイエス様が歩まれて道を最善の道と信じて、主イエス様に従って行くこと。それが唯一の道なのです。

 

11節、「そして、神の栄光の力に従い、あらゆる力によって強められ、どんなことも根気強く耐え忍ぶように。」とあります。この2026年、どのような年になるでしょうか。良い時ばかりではない、試みに遭う時、迷い悩む時、痛む時、涙流す辛い時も経験するかもしれません。しかし、神様の愛と栄光の力を信じて従ってゆくと、神様の御力によって守られ、強められ、どんなことも根気強く耐え忍ぶ力が与えられ、「神様のなされることはすべて良し」と神様に信頼できる力と霊的成長が神様から豊かに与えられます。イエス様がわたしたちの身代わりとして十字架に架けられ、苦しみ抜いたあげく、その命をわたしたちに与えてくださったことを覚える中で、どんなことにも耐えられる忍耐が与えられるのです。

 

十字架のイエス様を見上げる時、12節、わたしたちは、「喜びをもって、光の中にある聖なる者たちの相続分に、あなたがたがあずかれるようにしてくださった御父に感謝する」ことができ、その喜びと感謝と平安を維持する力がイエス様を通して神様から与えられます。

 

神様はイエス様を通して何を成し遂げてくださったのでしょうか。それは、わたしたちを「聖なる者」としてくださった、「キリストに結ばれている者」としてくださった、神様の愛と約束に生きる者たちを「神の子」としてくださったということです。13節と14節を読みましょう。「御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。」とあります。「闇の力」とは、サタン、罪の力という意味です。

 

「罪」とは何でしょうか。欲望、妬み、怒り、敵意、争い、恨み、憎しみ、それ以外にも数えきれないほどありますが、そのすべての根底には、すべてに共通することは、神様の存在を知らない、神様を畏れない、神様以外のものを都合良く偶像化して拝んでいるということがあります。神様によって創造され、神様の愛に生かされていること、神様にはわたしたちに存在理由と目的を与えてくださっていることを無視して、自分の欲望を優先させていること、それが「罪」と呼ばれる神様が最も嫌われるもので、罪を犯すように仕向けるのが「闇の力」と呼ばれるサタンであり、神様から引き離す力です。

 

その闇の力からわたしたちを救い出すために、イエス様は十字架に架かって贖いの死を遂げてくださり、そのイエス様を神様が甦らせてその罪と死の力に勝利してくださり、わたしたちをイエス様の支配下に移してくださった。わたしたちは、もしイエス様を救い主と信じているのであれば、神様の愛とイエス様のリーダーシップの下に置かれている者であり、神様の御心を行うために、神様に栄光を帰するために生かされている存在です。イエス様を通して神様から与えられている愛と福音と救いと希望を分かち合うために生かされています。

 

神の御心に従って生きる唯一の道、それはイエス様であり、イエス様に従って生きることです。この新しい年、主の恵みに大いに期待し、試練の時は主に信頼し、共にイエス様の言葉に聴き従い、信仰と祈り、感謝と喜び、忍耐と希望をもって歩ませていただきましょう。その歩みの先に、信仰の終着地に御国での永遠の祝福が準備されています。主イエス様と共に歩みましょう。歩み続けましょう。新年の祝福をお祈りいたします。